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男子400mハードル決勝、2大会ぶりの銅メダルを獲得し国旗をまとう為末【
Photo:築田純/アフロスポーツ
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スタートで「かっ飛ばす」戦略
スタートのごう音とともに為末大は飛び出した。力の限り飛び出した。1台目のハードルで圧倒的なリードを奪うと、2台目まで猛スピードで加速した。プロになってからは、なかなか勝てない時期も経験。4年分の思いの丈をスタートに込めた。
前半「かっ飛ばす」(為末)のは戦略だった。
レースの3時間ほど前から、雷のごう音とともに雨がトラックをたたきつける。約2時間の中断の後に競技は再開されたが、いったんは中止の情報も流れた。若い選手たちは荷物をまとめたり、アップを始めたりと明らかに動揺していた。
「メダルを狙えるかも」。かすかな希望が頭をよぎった。正確な情報が流れるまで、じっと待機していたのはベテランのフェリックス・サンチェス(ドミニカ)と為末だけだった。
「最終的に若い選手はアップのタイミングも僕とサンチェスを見て決めていた」。さらに為末は、わざとアップの時間を遅らせて揺さぶりを図った。
いったんはやんだ雨も、スタート直前で再び激しく降り始めた。1回のフライング。若い選手たちの顔がさらに険しくなっているのが分かった。集中力もそがれている。「メダルをとれる」。かすかな希望は確信に変わった。
「この状況の中でラッキーと思っているのは私だけでしょうね」と為末。3連覇を目指したサンチェスはスタート直後に故障で失速。運も為末に味方した。
不思議な為末マジック
スタートで背中を見せて走ることができる外側の7レーンも功を奏した。2台目まで全力で駆け抜けると、力を抜いてスピードを落とした。そうすると、若い選手たちは不思議な錯覚に陥る。必死に付いて行っているはずなのに、背中は近づいて来る。あわてて若い選手はスピードを落とした。
為末も、国内レースで現役時代の山崎一彦コーチにやられたこの戦略。「マジックにかかったような感じ。いつかやってやろうと思っていました」。千載一遇のチャンスが大舞台で訪れた。
「自分も疲れてしまうけど、損益分岐点というか、自分の方が有利なのは分かります。死ぬほど試合に出ましたから、経験では負けません」
世界陸上に入る直前までの約1カ月間は欧州のレースを転戦。試合の数をこなす調整法で豊富な経験の上積みを目指した。イタリアの片田舎でほろ酔い気味の老人がぽつんと座るレースにも出場したこともある。
今大会ですべての種目の日本人選手たちが一様に「風にやられた」と反省の弁を述べている。観客席が多い国立競技場や日産スタジアム(横浜国際総合競技場)はスタンドが高くそびえ、風を遮ってくれる。海外のレース経験のない若い選手たちが風に悩まされるのも無理はない。
為末は風が強かった直前のロンドンのレースを参考に「あまり狙いには行きませんでした。風が強い中でかっ飛ばして、空回りしていたので」と1次予選は抑えて通過。準決勝は風の影響をなるべく受けないようにと、前半は重心を低くして走った。試合に出なければ得難い経験が実になっている。
執念で金最有力との競り合いに勝利
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執念の競り合い後、電光掲示板で3着を確認し、ガッツポーズを見せる為末【
Photo:築田純/アフロスポーツ
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最後の直線は、金メダル最有力候補だった19歳・カーロン・クレメント(アメリカ)との競り合いになったが、クレメントは為末の戦略にはまり、追い上げることができなかった。
為末はゴールで前のめりになって一回転。「前転するつもりでいた。骨が折れるぐらいだったらいいやと思っていました」と執念でメダルをもぎ取った。
自分が3着になったのは、すぐに分からなかった。雨でかすむ電光掲示板の3番目に「Dai」の文字。3回見直して、やっと両手を突き上げてガッツポーズした。
「4年前とは重みが違います。思い出が乗っかっていますから」。メダルの色は同じだが、為末自身の輝きは何倍にも増していた。
<了>
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